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横浜地方裁判所 昭和45年(行ウ)2号 判決

原告 中沢留蔵

被告 鶴見税務署長

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

被告が原告に対してなした昭和四三年一一月一八日付原告の昭和四一年度および昭和四二年度分の各所得税の更正処分および加算税の賦課決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める。

二、被告

主文と同旨の判決を求める。

第二、請求原因

一、原告は被告に対し、次のとおり所得税の申告をした。

(一)  昭和四一年度分につき昭和四二年三月一五日申告所得金額金二九五万二、五〇〇円、申告納税額金九万一、四〇〇円。

(二)  昭和四二年度分につき昭和四三年三月一四日申告、所得金額金一、一四九万円、申告納税額金一三二万七、八〇〇円。

二、しかるに被告は原告に対し、昭和四三年一一月一八日付をもつて前項の各申告につき雑所得の申告洩れがあることを理由にそれぞれ次のとおり、更正処分および加算税の賦課決定をなし、そのころその旨原告に通知した。

(一)  昭和四一年度分につき所得金額金五〇五万六、〇九四円、確定納税額金九六万六、七〇〇円、過少申告加算税金四万三、七〇〇円。

(二)  昭和四二年度分につき所得金額金一、四七八万七五〇円、確定納税額金三二九万二、七〇〇円、過少申告加算税金九万八、二〇〇円。

三、原告は被告に対し、前項の各更正処分および賦課決定につき、昭和四三年一二月一三日異議の申立をしたが、被告は昭和四四年三月一〇日これを棄却したので、さらに訴外東京国税局長に対し、同月二五日審査請求をしたところ、同局長は、同年一〇月九日付をもつてこれを棄却し、同月一八日その旨原告に通知した。

四、しかしながら被告の前記各更正処分および賦課決定は、次のとおり違法である。

(一)  被告が前記各更正処分および賦課決定をなした理由は、原告が所有していた別紙目録(一)および(二)記載の各土地(以下「本件土地」という。)を分割譲渡したことにより、昭和四一年度分として金二一〇万三、五九四円、昭和四二年度分として金三二九万七五〇円の所得税法三五条に定める雑所得が生じたというものである。

(二)  しかして本件土地は、原告が宅地およびアパート建築を目的として取得し、宅地造成にとりかかつていたところ、道路の関係等から支障があることが判明したため、これを他に譲渡し、右売却代金をもつて、他の土地に建物を建築したものであつて、右本件土地の譲渡にともなう所得は、所得税法三三条に定める譲渡所得に該当するものであり、したがつて租税特別措置法三五条により右所得は課税の対象となるものではない。

五、よつて被告が原告の譲渡所得を雑所得として、原告に対してなした前記各更正処分決定および加算税の賦課決定は違法であるから、原告はその取り消しを求める。

第三、被告の答弁および主張

一、第一項の事実は認める。ただし昭和四二年度分の所得金額一、一四九万円は、訴外中沢ハルの資産所得(配当所得)金一二五万円を合算した後の合計金額である。

二、同第二項および第三項の事実はいずれも認める。

三、(一) 同第四項(一)の事実は認める。

(二) 同第四項(二)の事実は否認する。

原告は宅地造成および分譲不動産の売買、仲介、保有、管理等を事業目的とする訴外日建不動産株式会社の代表取締役であるところ、原告は宅地分譲を目的として本件土地を購入し、これに区画形質の変更を加え、また水道施設を設けて宅地とし、本件土地取得後短期間内に分譲しているものであつて、本件土地は、たな卸資産に準ずる資産であり、したがつて、その譲渡による所得は、所得税法三三条二項一号に定めるたな卸資産に準ずる資産の譲渡による所得として、譲渡所得には含まれないものというべきである。

四、原告は本件土地につき次のとおりの経緯により昭和四一年度および昭和四二年度分として所得を得た。

(一)  原告は昭和四〇年一〇月二三日別紙目録(一)記載の土地(以下「本件(一)の土地」という。)を訴外笠原藤吉から代金一五〇万八、〇〇〇円で取得し、同年一一月一三日同目録(二)記載の土地(以下「本件(二)の土地」という。)を訴外日建建設株式会社ほか三名と共同して自己の持分三七分の四の割合で、訴外横瀬邦夫から持分相当代金一〇〇万円で取得した。

(二)  原告は本件(一)の土地を、昭和四〇年一一月一日から昭和四一年三月にわたつて造成完了させたうえ、昭和四一年三月三〇日から同年一〇月一九日まで七回にわたり、うち四六九・六六平方メートルを、訴外ナシヨナル興業株式会社ほか二名の者に分譲し、合計金四一〇万七九五円の収入を得たが、右収入金額に対応する土地の取得原価および宅地造成費等は、合計金二〇一万四、九六三円である。さらに原告は他の共有者とともに、窪地であつた本件(二)の土地を平坦地に造成したうえ、昭和四一年一二月二九日うち一八・八七平方メートルを訴外高田政雄に分譲し、自己持分相当代金三万七、三六二円の収入を得たが、右収入金額に対応する土地の取得原価は金一万九、六〇〇円である。

よつて被告は右両土地の分譲による原告の収入合計金四一三万八、一五七円からその取得原価および宅地造成費等の合計金二〇三万四、五六三円を控除した金二一〇万三、五九四円を原告の昭和四一年度分の雑所得金額として更正したものである。

(三)  原告は昭和四二年一月二〇日、本件(一)の土地の残余部分四八〇・一三平方メートルを、訴外喜栄土地開発株式会社に分譲し、金四三三万六五〇円の収入を得たが、右収入金額に対応する土地の取得原価および宅地造成費等は金二〇八万八、八三二円である。

さらに原告は他の共有者とともに本件(二)の土地の残余部分を、昭和四二年三月三〇日および同年一〇月二〇日の二回にわたり訴外吉田武雄ほか一名に分譲し、自己持分相当代金として合計金二〇三万二、九三二円の収入を得たが、右収入金額に対応する土地の取得原価等は金九八万四、〇〇〇円である。

よつて被告は右両土地の各残余部分分譲による原告の収入合計金六三六万三、五八二円からその取得原価および宅地造成費等の合計金三〇七万二、八三二円を控除した金三二九万七五〇円を原告の昭和四二年度分の雑所得金額として更正したものである。

五、原告は原告の各所得はいずれも譲渡所得に該ると主張するが、譲渡所得は本来臨時的、偶発的なものであり、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益、すなわち資産の利益が当該資産そのものの値上りという形で発生して、潜在的に所有者に帰属していたものが、譲渡行為によつて顕在化したときに、譲渡所得として把握されるものである。そしてこれに対しては、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、清算して課税するものであるところ、原告が本件土地を分譲して所得を得た経緯は、前記のとおりであり、取得後短期間のうちに造成加工のうえ分譲した場合の所得は、宅地造成工事等によつて価値が増加したことに基づくものであるから、右譲渡所得における資産の値上りによる増加益の顕在化した場合とはその性質を異にするものであつて、これが譲渡所得に該らないこと明らかである。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

一、被告の主張第四項の事実はすべて認める。

二、原告は本件土地のうち本件(一)の土地については自宅を建築する目的をもつて、本件(二)の土地についてはアパートもしくは貸家を建てる目的をもつて各買受けたもので、本件(一)の土地は東北に面する傾斜地で、その最も上部の一辺は公道に面しており、本件(二)の土地は右(一)の土地の下方に位置する窪地であつた。

ところで右買受けの際の紹介者である訴外漆原土木株式会社代表取締役漆原是納ほか一名等の話によると、本件(一)の土地の高い部分およびそれに接する公道を五メートル程削り取り、その削り取つた土を、低い部分に移動させると立派な宅地となるとのことであり、原告は昭和四〇年一一月一日右漆原土木株式会社に対し、その造成工事を請負わせたが、本件土地に自動車が出入り出来るようにするためと、低部の土地を埋め立てる土を確保するためには、どうしても本件土地の上部に接する公道を五メートル程削り取ることが必要だつたので、右公道に接する反対側地主に対し、再三その承諾方を交渉したが、遂にその同意が得られず、そのため公道堀り下げについての官庁の許可申請も不能に至り、昭和四一年一月末ころ造成工事は当初の計画通りに施工することは不可能であることが判明した。そこで原告はやむを得ず当初の計画を放棄し、本件現状のような工事をなしたものであつて、その結果本件(一)の土地は一個の宅地として利用できないこととなつて、原告はこれを早急に他に売却し、他に居住用の宅地を求めることとしたのである。

以上のとおり原告が本件土地を造成し、売却した動機はやむなく行つたもので、被告が主張するように原告があらかじめ分譲目的を有し、その目的のため区画形質変更および水道施設等を加えたものではない。

なお本件(二)の土地の共同購入者である訴外湊昌一および富田宣男は、いずれも同土地を造成後その持分を処分し利益を取得したが、前者については保土ケ谷税務署において、後者については鶴見税務署において、その所得はいずれも譲渡所得と認定されている。

三、被告は本件土地をたな卸資産に準ずる資産である旨主張するが、原告の本件土地についての造成売却行為が所得税法施行令八一条一号の定義規定にいう業務に該当するとはいえない。本件土地を売却して得た原告の所得は、宅地造成によつて生じたものではなく、土地の値上りおよび繩延びがあり、かつ取得原価が実質的に非常に低額であつたことによるものであつて、被告の主張は失当である。

第五、証拠〈省略〉

理由

一、原告が原告主張のとおり昭和四一年度および昭和四二年度の各所得税の申告をなしたこと(請求原因第一項の事実)、被告が右各申告につき雑所得の申告洩れがあることを理由に、原告主張のとおりの更正処分および加算税の賦課決定をなしたこと(同第二項の事実)、これに対して原告がその主張のとおり異議申立をしたところ、被告がこれを棄却し、さらに審査請求をしたがいずれも棄却されたこと(同第三項の事実)はいずれも当事者間に争いがない。

二、被告は原告の右昭和四一年度収入金額金二一〇万三、五九四円、昭和四二年度の収入金額金三二九万七五〇円はいずれも雑所得に該当する旨主張するので検討する。成立に争いのない甲第一〇ないし第二〇号証、乙第二、第五号証、証人漆原是納、同河原市郎、同間島惣太郎の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実が認められる。

原告は昭和四〇年当時横浜市鶴見区馬場町の原告所有家屋に居住していたが、同家屋の敷地は借地で庭も狭く、また右自宅へ通ずる道路の幅員も狭いために、自宅から三五〇メートルないし四〇〇メートル離れた地点までしか自動車の通行が出来ないところから、原告は日常生活に不便を感じ他に土地を購入して転居しようと考えていたが、同年夏ころ、かねて知り合いの訴外漆原是納から本件(一)の土地を紹介された。右土地は略南西から北東に下る傾斜地で、高低差は約一五メートル存したが、上方の地境の道路部分を堀り下げ、その余土を下方に積み、全体を二段程度の土地に造成すれば、自宅建設のための敷地として十分であるとの考えから、原告は同年一〇月二三日所有者訴外笠原藤吉から、公簿上の面積三八三・四七平方メートル(一一六坪)を三・三平方メートル(一坪)あたり金一万三、〇〇〇円で買受け、同年一一月一日前記訴外漆原是納が代表取締役をしている訴外漆原土木株式会社との間に、整地工事契約を締結して、本件(一)の土地の造成工事に着手するに至つた。ところが当初の予定であつた上方の道路をはさんで、反対側に居住する訴外河原市郎に対して、右道路を堀り下げることを要望して交渉したところ、同人方土地は造成工事も終り、区画が明確となつて、現に同人等が居住している状況であつたため、同人から右申し入れは拒絶された。そこで原告は当初の予定を実行することが不可能となつて、同年暮ころ訴外漆原と相談のうえ、右予定をあきらめ結局同土地は略南西から北東に下る五段の階段状土地として造成せざるを得なくなり、一段あたりの面積も約一六五・二八平方メートル(約五〇坪)と狭くなつて、原告は同所に自宅を建築することを断念し、昭和四一年三月三〇日以降順次右土地を分割して訴外ナシヨナル興業株式会社等に対して売却した(上記売却の事実は当事者間に争いがない。)。さらに本件(二)の土地は各々購入資金が十分でなかつたことから、原告ほか三名の者が共同で買受けたもので、原告の持分は三七分の四であり、原告はこれを資産として所有しておくつもりであつたが、時宜によりアパート等を建設しようと考えていた。しかし同土地には道路がなく、道路負担部分の割合等について共有者間の意見がまとまらず、被告主張のとおり売却した。(上記売却の事実は当事者間に争いがない。)。そして原告は右各売却代金をもつて、昭和四二年一月二五日横浜市鶴見区東寺尾町一、九五二番地に有効面積約三九六・六九平方メートル(約一二〇坪)の土地を購入して自宅を新築し、現在同所に居住している。

以上の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

しかして原告が本件(一)の土地を買受けるに際して、単に上方の土地(道路)を堀り下げて、余土を下方に移動させれば、自宅建築用土地として十分であると考えたことは前記のとおりであるけれども、前掲各証拠および弁論の全趣旨によれば、原告は当然に影響をおよぼすことが明らかな隣接地の訴外河原市郎に対して、事前に何らの相談もしていないこと、原告は自己が専務取締役をしていた訴外日建不動産株式会社への勤務の関係から、かねてより同会社の所在する横浜市鶴見区付近に居住したいと考えていたことが窺えること、原告は当初の予定の実行が不可能と判るや、ただちに訴外漆原土木をして同土地を五段に造成工事したうえ他に売却していること、同じく本件(二)の土地は前記のとおり原告においてこれを資産として所有しておくつもりであつたことが窺えるのであつて、結局本件土地について原告はそれぞれ自宅用地あるいはアパート等建築用地としての利用を考えていたことは否定し得ないが、場合によつてはこれを他に転売する意思をも有していたものと推認するのが妥当である。

三、ところで所得税法三三条二項一号によると、「たな卸資産(これに準ずる資産として政令で定めるものを含む。)の譲渡その他営利を目的として継続的に行なわれる資産の譲渡による所得」は譲渡所得に含まれない、とされているところ、右のたな卸資産に準ずる資産を定める政令の規定は「不動産所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務に係る第三条各号(たな卸資産の範囲)に掲げる資産に準ずる資産(所得税法施行令八一条一号)」とされている。そして所得税法三三条二項一号の規定が、たな卸資産に準ずる資産として政令で定めるものをも含めて、その譲渡による所得を譲渡所得から除外した趣旨は、事業者が業として行うたな卸資産の譲渡行為とはいえないけれども、所得税法三三条一項の譲渡所得に該当する場合の資産の譲渡とも言えない行為が原因となつて生ずる所得は、たな卸資産の譲渡による所得と同視しようとしたものであつて、結局譲渡所得の場合との差異は、その所得が一般的に臨時的、偶発的に発生したものか否かに重点があるものと解すべきである。したがつて所得税法三三条の規定に基づく所得税法施行令八一条一号の規定の趣旨も、その業務性を要件とするものではなく、雑所得を生ずべき業務に係る……資産に準ずる資産であれば、それが現実に業務に係るか否かは問わないものというべきである。

これを本件についてみると、原告は前記のとおり自宅あるいはアパート等建築の目的のため、本件土地を買入れたものであるが、その目的とともに場合によつては他へ転売する意思をも有していたものであり、これに区画形質の変更を加え、また水道施設を設けて宅地とし、本件土地取得後短期間内に他に転売しているのであつて、右転売から得た所得は臨時的、偶発的なものとは断定できず、結局前記所得税法および所得税法施行令の前記法意に照らして、右所得は所得税法に規定する譲渡所得に含まれず、同法三五条の雑所得に該るものというべきである。

四、そして被告が原告に対して更正処分および加算税の賦課決定をした被告の昭和四一年度ないし昭和四二年度の所得金額およびその算出の根拠については当事者間に争いがなく、同事実によれば、被告のなした各更正処分および加算税の賦課決定処分は、いずれも適法であつて原告の主張は失当である。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柏木賢吉 花田政道 板垣範之)

別紙目録〈省略〉

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